〈カラスと気圧(2)〉****6月27日 (金)

 快晴。
 護国寺に行くと、今日はまた、先日の台風の前の時とは違って、何とも、カラスの多いこと。気に鈴なりになっている。

 カラスの多寡は、本当に、気圧と関係しているのだろうか。
 気圧が低いと、気分がすぐれず空を飛ぶ気にもならない、とか。空気の抵抗が少なく飛びにくい、とか。

〈夕焼け(2)〉****6月24日 (火)

 会議が長引いた。ふと、窓を見ると、昨日と同じく、真っ赤な夕焼けであった。朱を流し込んだように空が染まっている。綺麗というか、不気味というか。

 会議を忘れ、しばし、ボーッとした。  カラスもあの空を見ているだろう。カラスの目にも、あの夕焼けは赤いだろうか? 綺麗と不気味を足して二で割ったように見えているだろうか?

 ところで、色って何だっけ。何で、夕焼けは赤いんだ。
 色なんて言う物質はないに決まっている。波長だっけ。網膜に何とか細胞が分布している。その細胞には三種類あり、それぞれが赤、青、緑のいずれかの波長に対して興奮するようになっている。その興奮を中枢に伝えることで、色感が起こる。赤に反応する細胞が興奮すると赤、赤の細胞と緑の細胞が等しく興奮すると黄というように。
 カラスにはどう見えるのだろう。
 私が言うところの「赤」ではないかもしれない。私が言うところの「緑」とか「青」に見えているかもしれない。あの夕焼けを見て、ああ何と爽やかな青空だ、と感動しているかもしれない。逆に、青空を見て、何とも不気味な夕焼けだ、滅亡の色だと思っているかもしれない。

 いやいや、カラスに限らない。
 隣に座っている市川支店長の目には、この夕焼けの赤はどう見えているのだろう。私が言う、黄色やピンクに見えている可能性だってある。それを、確認する術はあるのだろうか。
 おそらく、ないのだろう。

 そう、要は、私が見ている世界とは何なのだ。
 今日の夕焼けは、私をそんな想念に導いた。

〈夕焼け〉****6月23日 (月)

 窓の外は、真っ赤な夕焼けだった。
 一瞬、ハッと息を呑む。  滅亡のメロディが低く響いているような。そんな色の空だった。綺麗と不気味を足して二で割ったような色だった。
 窓の内では、電話が鳴り響き、社員たちが忙しく立ち回る。終業直前の、いつもと変わらぬ光景である。
 一枚のガラス窓に仕切られた外と内の光景の余りのアンバランスが、私を奇妙な感慨へ導いて行った。
 人類は日常の生活に忙しく追われたまま滅亡するのだ、と。人々は電話で仕事の注文を受け付けながら墓場へ入って行くのだ、と。
 その真っ赤な空を背景に、カラスが数羽、輪を描いていた。

〈台風七号〉****6月20日 (金)

 本当に台風が来た。
 凄まじい風雨だ。
 雨が斜めに篠を突く。護国寺の森が大揺れに揺れている。
 さすがにカラスは飛んでいない。こんな時に飛ぶなんて、嵐の海でサーフィンをするようなものだ。それにしても、今頃、どこで、何をしているのだろう。

 生まれたての若カラスたちもさぞ驚いているだろ。「卵の中は静かだったのにな」。黒い身を寄せあって、こんなことを言い合っているだろう。

〈カラスと気圧〉****6月19日 (木)

 台風が近づいているそうだ。台風が近づいているのが見えるわけではないが、新聞にそう書いてあるから、そうなのだろう。
 そのためか湿度が高く、うっとうしい。
 気分転換に護国寺にカラスを見に行く。

 ところが、何と、今日はカラスがいない!
 何故だ。どこへ行っちゃったんだ。
 しばし墓の間を徘徊するも、ついに、カラスの姿を見ない。虚しく仕事に戻った。道々思った。「釣りで、何も釣れないときに何とか言うよな。何だったかな」。
 思い出せない。社務所で三人の僧侶と擦れ違った。「そうだ、坊主だ」。今日は坊主だ。護国寺にはちょうどいいや。

 帰って支店長に言う。
「おかしいじゃないですか。今日はカラスがいないんですよ。ほら、ここから見ても一羽も飛んでないでしょう」
 驚くかと思ったら、事も無げに言う。
「気圧が低いからだろう」
「よく無責任に言いますね。なんで気圧が低いと、カラスが飛ばないんですか」
「理由はまだ分からない。ただ、気圧が低い日はカラスは飛ばない。実は、ボクもそのことには以前から気が付いてた。その研究に、余生を捧げようと考えている……」
 どこまでが、本当で、どこからが冗談なんだか。

〈気の毒な看板〉****6月13日 (金)

 昼が過ぎてすぐ、渡辺さんが慌ててやってきた。
「塩田課長が大変なんです」
 また、骨を引っかけたか。
「ヘビはどうした」、と私。
「すぐ、石を呑ませろ」、と支店長。

 昼休みの帰り、看板に額をぶつけて大きな瘤ができた。念のため医者に行ったという。
 風か何かで看板が飛んできたのだろうか。そうだろう。看板だって飛びたがっている。「違う?」。塩田課長の方から看板にぶつかっていった。そうか、看板は被害者か。気の毒な看板だ。
「なんで、そんなことが起こるのだろう?」
「分かりません。だけど、実際に起こっちゃったんです」
「先週のどに骨を引っかけてヒーヒー言ってたのが、今度は看板に自分からぶつかって瘤をこさえてやってくれば、医者もさぞビックリしているだろう。みっともないから、会社名は伏せておけって」
「二人とも塩田課長が心配じゃないんですか」

 渡辺さんは怒っている。支店長はみっともながっている。私は訝っている。塩田課長は痛がっている。医者は驚いている。外では、「カアカア」とカラスが面白がっている。看板は? 

〈ダチョウの溜め息(4)〉****6月12日 (木)

「ダチョウの件だけどね、和田君……」
「本当に、人知れず溜め息をしているんですって」
「いやね、鳥って本当に飛ぶのが楽しくて、飛んでいるのかな。なかには、嫌々ながら飛んでいるヤツもいるんじゃないかな?」
「飛ぶって、楽しいものなんですよ。凧だって、空に揚がっているときは楽しそうでしょ、尻尾かなんか振ったりして。風船だってそうです。ひもがあるからしょうがない。だけど、ひもが切れたりしたら、『しめたっ』、ってすぐ飛んでいっちゃう。ゾウだってクジラだってカバだって本当は空を飛びたいと思っているんですよ。ほら、あそこに座っている塩田課長だって、渡辺さんだって、もう少し軽ければとうに飛んでますよ……」
 いつの間にか、支店長は自分の席に帰っていた。

〈ダチョウの溜め息(3)〉****6月10日 (火)

「ダチョウのことだけどね、和田君。ボクもいろいろ考えたんだ」
「溜め息ですか?」
「時速六十キロだよ。そんだけ速く走ればいいじゃない。飛んでるカラスより速いんだから」
「だから、俗人には分からないと言ったじゃないですか」

 速い遅いではない。大空を自由に飛び回るか、地上に這いつくばって生きるかの違いだ。
「速いといっても六十キロ。哀しみを振り払うには遅すぎます」
「馬鹿言っちゃいけない。そんなことダチョウは思っていないよ。そんなことを考えずに、トットコトットコ走っているんだ、偉いもんじゃないか。ダチョウの哀しみだって、そんなこと、勝手に和田君が思っているだけさ」
 嗚呼、市川支店長にはダチョウの哀しみが分からない。昔から言うではないか。ダンチョウの思い、って。

〈縁起が悪い鳥〉****6月9日 (月)

 母親と電話で話していて、何となく私のホームページの話題になった。勿論、母親はホームページの何たるかは、全然分からない。見たこともない。分からぬままに、こう言う。
「カラスなんて縁起の悪いものじゃなくて、何かないの……」
 鶴とか亀のホームページを作れと言うことらしい。

 カラスはいつから縁起の悪い鳥になったのだろう。
 芥川龍之介の『羅生門』では、羅生門に捨てられた人の死体をついばみに来るのが、カラスである。深沢七郎の『楢山節考』では、銭屋のせがれが又やんを姨捨山の谷に投げ落としたとき、谷底からむくむくと黒煙のように上がってくるのが、からすの大群だ。
 どちらにしても、良い役は貰えていない。
 でも、カラスたちはそんなことは、全然気にしていない。当たり前か。今日も、護国寺のお墓では多くのカラスが墓石や卒塔婆の上で戯れていた。
「何を言われたって、死んじまえば、こっちのものよ」

〈ダチョウの溜め息(2)〉****6月5日 (木)

 「昨日テレビの動物番組見てたら、南アフリカのダチョウが出てきたけどね……」
 支店長が言う。
「速いね。時速六十キロで走るんだそうだよ。でも、和田君がいうように、溜め息なんかしていなかったよ……。むしろ、勇壮だよ」
「ああ、俗人には分からない。飛べぬダチョウの悲しみが……」

 動物園の四角い檻のダチョウに、「何が面白くて駝鳥を飼うのだ」、「駝鳥の眼は遠くばかり見ているじゃないか」と怒りと同情の言葉を贈ったのは高村光太郎だった。詩人としては優れた才能を持っていた光太郎も、残念ながらダチョウの悲しみについては、誤解をしていた。ダチョウは狭い檻を悲しんでいたのではない。広いサバンナの草原を夢見ていたのでは、ない。
 彼は、飛べない自分を訝っていたのだ。
「いつのことなんだ。オレ達が飛ぶのを止めたのは」、と。
 彼は、想っていたのだ。
「空を飛ぶってどんな気持ちだろう」、と。
 檻の上では燕や雀たちが、チヨチヨさえずりながら飛び交っている。

「昔の中国人も言ってるじゃないですか。燕雀いずくんぞ駝鳥の悲しみを知らんや、って。『史記』にもでてくる」
「ちょっと、違うんじゃない」

〈魚の骨〉****6月3日 (火)

 昼過ぎに渡辺さんが顔色を変えてやってきた。
「塩田課長が大変なんです」
 なんでも昼食の時、喉に骨を引っかけて、声も出せないほど苦しんでいたが、先ほどどうしようもなく、病院へ行ったという。
「何を食ったんだ」、と支店長。
「アジのフライだそうです」
「情けないな。アジのフライぐらいで。カツオの丸揚げならともかく。何のために歯がついているのだ」

 暫くして塩田課長が青い顔をして帰ってきた。
「支店長、魚の骨ぐらいと思って馬鹿にしちゃいけませんよ。死ぬかと思いましたよ。医者も、こんなの初めてで、どうしていいか分からない、て脅かすし」
 歯が痛くて、噛めずに呑み込んでいた、という。
 なるほど。

「ヘビなんかネズミでも豚でも呑み込むけど、何ともないのは何故なんですかね」
 私がこう尋ねると、支店長が答える。
「胃液で溶かすんだろう」
「ペリカンもアジぐらい丸ごと呑み込みますね」
 今度は、渡辺さんが塩田課長を弁護する。
「塩田課長はヘビでもペリカンでもないですから」
 そりゃそうだ。
「カラスは呑み込んだ食べ物の消化のために石を呑むらしいよ。塩田君も歯が悪い間、石でも呑んだら」、と支店長。
 ひどいものだ。
「胆石はあるんですよ。それじゃ、ダメでしょうか」
 そりゃ、ダメだろう。ようやく、塩田課長の顔色もよくなってきた。

〈衣替え〉****6月2日 (月)

 六月。衣替えの季節だ。高校生も黒詰めのガクランから白いワイシャツ姿に変わった。
 で、わがカラスは? と見やれば、相変わらずの黒づくし。どうも、暑くなろうがどうなろうが、黒染めの衣を脱ぐ気はなさそうだ。
 首尾一貫、節を曲げることがない。エライものだ。

「どうも和田君は人間の感覚に即し過ぎているな。黒いのは、節を守っているわけじゃないんだよ」
「なんですか」
「ほかに着るものがないとか……」
「その方がよっぽど、自分の実生活に即しているじゃないですか」


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