《チベットの人々》

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(2) 悪意と積み石

 山の頂や峠には、必ずと言ってよいだろう、積み石が置かれている。
 内蒙古でも幾度となくみてきた。内蒙古ではオボという。その土地の民の天と地への祈り、あるいは、旅人が旅の無事を祈って一つずつ積んでいったもの、ということを聞いた。小高い丘。そこから四方を望むと、緑の草原が広がっている。緩い丘陵となってどこまでも果てなく続いている。悠然とした実に伸びやかな風景であった。そこにあるオボ。石を積んだ旅人の、緑の地平線を越えて先の先にまで自然に延びてゆく心を想ったものだった。

 チベットではチョット違う。
 内蒙古の緑を敷き詰めた大地。緩い丘陵。そういった優しさとは懸け離れた風景である。ゴツゴツとした岩肌。草も生やさぬ自然。周りを取り囲む六千メートルを超える嶺嶺。人は明らかに拒まれている。人は、悪意に囲まれて生存している。もともと、ここで人が生活を始めたこと自体が何かの間違いだったのだ。
 そこに積まれた石。
 こちらでは何と呼ぶのだろう。尋ねると、カンブノオボ、とのことだった。勿論、チベット仏教ではない。それ以前の、もっともっと原始的な、アニミズムと呼ぶ必要もないような、ほとんど本能的な衝動といってもよいのではないだろうか。ここで人が生活を始めたこと自体が何かの間違いだったとしても、いま、現に自分はここでヤクを追って生きている。自分の生を拒む悪意に対してどうすればよいのか? 自分を生かしてほしい。羊やヤクを守ってほしい。人も家畜もわけなく死んでしまうものだから。でも、自分にできることは、石を積むことだけ……。何しろ、外に積むものは、ここには、何もないのだから。そんな趣が、チベットの積み石にはある。


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