《一妻多夫》

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二人兄弟・妻一人

 玉樹のジャナ・コンパを廻っている間に地元のチベット族の男性と知り合いになった。玉樹電視大学の学生という。
 西寧から同行してくれた旅行社の友人の王gさんの脇をつっつきながら、「一妻多夫」の家を聞いてよ、という。もじもじしながら王さんが尋ねる。緊張の一瞬。学生はアッサリと答える。「良いですよ。付いてらっしゃい」。しめたッ!

 しかし、「ただし……」と彼は続ける。三人がぞろぞろと、一妻多夫の家庭を見物に来ました、というのはおかしいから、マニ石の彫刻を見に来たことにしてください、と。
 チベット人はお寺を参拝するとき、お経を彫った石を持っていき、奉納をしてくるのだそうだが、その石をマニ石という。この辺りは玉樹県新塞村、マニ石の制作が盛んで、その新塞村三百家族千五百人がみなマニ石の彫刻ができるのだという。そして、ほとんどの人がそれを生業にしているのだという。
 どこかにやましい気持を抱えつつも、好奇心には勝てず、「はい、マニ石見学マニ石見学」と学生の後についてある家の門をくぐると……。
 驚きましたね。まっ黒いチベット犬がワッと飛びかかってきくる。「アッ」と、思わず声を上げましたが、実際は噛まれずに済みました。家のおばさんが鉄の鎖を引っ張ってくれていて……後で分かったのですが、そのおばさんが多夫一妻のその「一妻」でした。そして、その後ろでは十歳ぐらいの二人の子供が笑っています。これまた後で分かったのですが、この家の四人の兄弟のうちの二人でした。

 夫は二人。その時、家にいたのは一人だけ、お兄さんでした。そう教えてくれたのは学生です、そっと小さな声で。「一妻」が、「これが二人の主人のうちの兄の方です」と紹介してくれたわけではありません。つまり、そういうものだ、ということです。
 子供は四人。そのうちの家にいたのは二人。
「この人は日本人でマニ石の制作を見学したいというので案内したんですよ」、と学生が言うと、「一妻」も「長男夫」と喜んでくれて、仕事場に案内してくれる。大きな石材や彫り上がったマニ石が積んである。「長男夫」は、こうやって彫るんですと一生懸命実演をしてくれる。「ああ、何て良い人たちなんだ」。そう思いながらも「一妻」や子供たちを観察する。「二人の兄弟は兄弟でありながら父親が違うのかもしれないな」、なんて考えながら。
 しかし、何でもない。普通の夫婦だし、普通の兄弟だし、普通の家族である。がっかりするくらい何でもない。

 門を出ると、すぐに王gさんが学生に聞く。弟がいないからああなのかな。
「同じですよ。弟がいても。当たり前の家族ですよ。夫がいてお嫁さんがいて子供がいて、たまたま弟が同居しているだけのことですから」。
「だけど、子供のなかには弟の子供もいるわけで……」。
「子供は皆、長男をお父さんと呼びますよ。長男も、皆自分の子供だと思っていますし」
「でも、実際には弟の子もいるわけで……」。王gさんは食い下がる。
「実際も何も、それが一家ですから。誰にとっても父親は一人しかいないんですよ。少なくとも、ここでは」。
「じゃあ、弟にとっての兄嫁は何?」
「それは、兄嫁でしょう」
「妻ではないの?」
「妻ではないですよ。兄嫁です」
「それでは、一妻多夫ではないじゃない」
「もともと『一妻多夫』と言っているのは漢族でチベット人ではないでしょう」
 チベット族と漢族の話はなかなか決着がつきそうもない。私も我慢できずに参戦。
「弟が『兄嫁』とセックスしたいときにはどうするの? お兄さん、今日はお先にとか?」。なんか、お風呂に入るみたいだな。
 学生が呆れたような顔をする。
「そんなことを言うわけないです」
「妻の部屋が決まっていて、長男がいるときには長男の刀を掛けておくって聞いたことがあるけど」、と王gさん。
「そういうやり方もないことはないけど、実際はもっと自然なんですよ。どういったらよいでしょうね。兄弟がいたわり合いながら、と言ったらよいでしょうか……もう一軒行ってみましょうか」。
「一妻多夫」のハシゴか。


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