* 北京胡同物語・胡同の夏 *


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<雨が止んだら蝉は鳴いたか?>

 7月24日。晴れ。昼間の気温は三十三度。
 確かに鳴いている。一歩建物の外に出た途端に、蝉の鳴き声に包まれる。私の頭のなかで、セミセミセミ……、と思っているから尚更そうなのだろうが、とにかく凄い。少し木立の茂ったところへでも入ろうものなら、大変だ。
 中国は人口が多いという。十三億。しかし、多いのは人だけじゃなさそうだ。蝉口も多い。何匹いるんだ。その蝉という蝉が一斉に鳴きだした、そんな感じだ。
 本当に、中国の蝉は暦によく従う、と感心すべきなのだろうか? それとも、そんな風に思うのは馬鹿げている? よく分からないが、ともかくも、二、三日前と較べて街全体に溢れている蝉の鳴き声の濃度が急激に増していることだけは確かだ。

 木立の下に腰掛ける。強い日差しのなか、そこだけが一点、涼しい。蝉の鳴き声が上から降ってくる。鳴いているのが二匹とか、三匹とかとは違う。木立全体が鳴いている。子供の頃、家の前を小川が流れていて、その両岸に桜の木が植えてあった。夏になると、いつも、その桜の並木に沿って蝉とりをして遊んだ。鳴き声から蝉を捜す、私はなかなかの名人であった。四十年前のことだ。ふと、思った。ここで蝉を捕まえるのは難しい、と。
 木立全体が鳴いている。一匹の蝉を特定しようと耳を澄ましても、蝉の声の濃い濃度のなかに溶け込んでしまう。世界中が鳴いている。耳のなかが蝉の声でいっぱいになる。
 ジージージー……。夏虫は氷を知らず。アホくさい。そんなもの知るか。オレはただ鳴けば良いんだ。ジージージ……。命が短いとか長いとか。儚いとか儚くないとか。虚しいとか虚しくないとか。どうでもいいやね。暑いから鳴くだけよ。ジージージ……。
 しばし、木立の下で腰掛けたままでいる。時間にすれば、十五分ほどだろうか……。今日は満足だ。身体が蝉の声で染まったようだ。
 立ち上がり、ふと、空を見上げて驚いた。
 トンボの群が飛んでいる。日本で言えば赤トンボの感じか。それよりは、少し大きいが。秋……。「秋」という言葉が脳裏に浮かんだ。
 昨日が大暑。暑さの盛り。夏の頂点。なぜ、もうトンボが飛んでんだ。どう言ったらいいのだろう。季節には隙間がない、と言うのか。やっと登り切ったときには、次の浪がもうそこまで高まりつつある、と言うことか。造化の妙、あるいは、残酷。どちらでも同じか?


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