* 北京胡同物語・雑踏は北京の味わい *


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<珠宝市街は滅茶苦茶だ>

 北京で雑踏言えば、先ず思い浮かぶのは、前門界隈である。その前門界隈でも、人混みのすさましさと言えば、珠宝市街だ。前門大街の一本西の裏道である。名前は立派だが安物しか売っていない。
 道幅は三、四メートルしかない。人が溢れ返っている。両側に狭い間口の店がビッシリと、それこそ櫛の歯のように並んでいる。この通りに足を踏み込んでの第一印象は、「滅茶苦茶だ」、ということだ。秩序というものがまるでない。右側通行も左側通行もないのは勿論として、その人混みの流れの真ん中で茹でトウモロコシやアイスキャンデーを売っている人がいる。道端に段ボールを重ねた急造の「ワゴン」でピアースやら腕輪、指輪、首輪を売っているのもいる。ただでさえどうしようもない混雑のなかに三輪車を乗り入れているヤツもいる。
 どうなってるんだ……。
 そのうち、三輪車とトウモロコシ屋の喧嘩が始まる。一方では、何やらわからぬが、ジーンズの売り子と客が喧嘩をしている。
 何でも勝手にやってくれ。

 ジーンズといえば、ズボンを売っている店は沢山あるが試着室なんかどこにもない。若い女性がジーンズを手にとって選んでいる。気に入ったらしい。でも、サイズが気になる。どうするかと思ったら、道端の人混みのなか、長いスカートをたくし上げ、その下からジーンズを穿きだした。勇気があるというのか、たしなみがないというのか。でも、周りの人の群れは誰もそんなこと気に懸けていない。
 とにかく、滅茶苦茶だ。
 両側の店に多いのは、カバン、靴、衣料。どこも、所狭しと狭い間口いっぱいにぶる下げられている。マークはadidasだpumaだNIKEだと威勢はいいが、勿論、本物なんかひとつだってありゃしない。

 こちらの新聞を見ていて気が付くことは、偽物についての記事が異常に多いことだ。「王朝ワインのニセ物づくりを摘発」とか「携帯電話の電池、偽物多数」とか。確かに、この国は偽物で満ち満ちている。偽物も文化? 街を歩いていると頻繁に声を掛けられる。大抵はの海賊版のCDやDVD の売り子。
 車の部品も偽物だらけだという。トヨタの車を買っても、修理をして部品を換えているうちにボディ以外はみな偽物になったりして……。
 先日知り合いの中国人と酒を飲んでいた。北京で人気のある白酒で「二鍋頭」というのがある。安い安い酒だ。日本円にすれば二百円そこらだ。「二鍋頭」を注文する。その友人が一口飲んでこういう。
「和田さん、この『二鍋頭』は偽物ですよ」
「味が違う? 美味いじゃない」
「美味いんですよ。『二鍋頭』はこんなには美味くない」
 ナポレオンの偽物ならともかく、二百円もしない酒の偽物を造ってどうするんだ、しかも、こっちの方が美味いというのに……。それでも偽物造りは止められない。人の成功を黙って見過ごすことはシャクだ。自分だって一口儲けなければ気が済まぬ。

 珠宝市街の場合は上の例とは少し違うかも知れない。売り手に騙すつもりなんかない。買う方も最初から信用していない。ブランドのマークは模様に過ぎない。その分罪は薄いと言えるかも知れない。
 珠宝市街。ともかくも、売っているものは偽物でも活気は本物だ。この無秩序も本物だ。とにかく滅茶苦茶だ。


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