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* 北京・街角の歌ごえ *


<大人の凧揚げ>

 ひとりの男が凧揚げをしている。
 建国門の立体交差の歩道。晩夏の東南の風に凧を乗せ、大空の遥か彼方まで糸を繰り出している。下は第二環状道路。車の流れは急流のように激しい。その両側は高層ビルが建ち並ぶ。何とも不思議な取り合わせだ。
 平日の午後。人通りも少ない。男はいかにも楽しそうだ。余りに楽しそうなので、ついつい、私も足を止め、後ろに立って空を見上げた。凧は豆粒のようになって青空の真ん中で揺れていた。しばしの憩い。
「長さはどのぐらいです」
「百二十メートル……。糸を出し切った。この風ならまだ大丈夫だ。明日は糸を継いで百五十ぐらいでやってみようかな……」
 フーン。この人は明日もやるつもりだ。のんきなもんだ。

 二時間後、用事を終えての帰り道。まだ、やっている。同じ場所に立って。見上げると、凧もやっぱり同じところで揺れている。しばし、後ろで見上げる。
「今日はお休みですか」
「そう。明日も……」
 やっぱり。それにしても、まだ定年には早すぎる。私より少し上なだけだろう。こっちがあくせく働いているのに、何ともいい身分だ。
「……明後日も。明々後日も……。オレ、『シアカン』なんだ」
 何と! 「シアカン」。漢字で書くと、「下崗」。今の中国で最も頻繁に聞く言葉だ。簡単に言えばレイオフ。もっと強く言うと、首。その辺の曖昧さを多分に含んでいる。赤字に悩む国有企業のリストラ策である。どの企業でも従業員の20%−30%を「シアカン」にしている。政府の統計でも、1997、98年の二年間だけでも二千万をこえる人が「シアカン」された、という。大変な数だ。社会主義には失業者はいない。ただし、「特色のある社会主義」である中国には「シアカン」が溢れ返っている。そういうことになる。
「三十元だ。買わないか?」
「エッ」
 足下を見ると、今まで気が付かなかったが、同じ形の手作りの凧が五、六枚重ねて置いてある。なんだ、凧を売るためのパフォーマンスだったのか。
 それにしても、凧なんか買ってもしょうがない。
「ここで一緒に揚げればいいさ。二十元にしとくから。やってみれば楽しいものさ。心が晴れ晴れとする」
 そうかな。いい歳の大人がふたり、こんなところに並んで凧を揚げたって面白くもなんともない。
「『シアカン』になってからにしますよ」

 夜の七時頃、散歩の途中、通りかかったら、何と、まだやっている。まだ日が長いとはいえ、日はは殆ど暮れている。彼が立っている場所だけが、街灯で明るい。見上げても凧は見えない。鬼ごっこをしていて、日が暮れてみんな帰ったのにひとりだけまだ鬼をやっている子供のようだ。
 大人の凧揚げは楽じゃない。そういうことだうか? それとも、本当に晴れ晴れと熱中している。そういうことだうか?
 さすがに声を掛けずに通り過ぎた。


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