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* 北京・街角の歌ごえ *


<夏…木陰のまどろみ>

 北京の夏は暑い。今年も三十八度をこえる日が何日も続いた。四十度なんていう日もあった。外へ出ただけでボーとする。風はある。あるにはあるが、吹いてくるのは熱風だ。やけどをしそうなくらいだ。ふと気が付くと、蝉の声だ。四方から八方から自分を包み込むように響き合っている。「東京の真ん中でも蝉は鳴いているんだっけ?」。思い出せない。「確かなことは、蝉が鳴けば鳴くほど、暑くてたまらないってことだ」。こんななか、十分も歩くと、ボーとしすぎて夢のなかをあるいているような気持ちになる。  

 こんな季節、木陰に腰掛けジーとしている人をよく見掛ける。地べたに新聞紙を敷いて座り込んでいる人もいる。荷車の上で腰掛けている人もいる。とにかく、ジーとしている。
 たしかに、木の陰に入ると涼しい。槐の葉の擦れ合う音は、なんとも、やさしい。木陰にはいると、心なしか、風も涼やかに感じられる。首筋の汗も、スーと、引いて行く。
「蝉は?」。蝉の鳴き声は聞こえる。それでも、槐の木陰で聞くと、ちょっと、違う。もはや、暑さの象徴ではない。夏という、けだるい時の流れの象徴、とでも言えばよいのか。
 葉が擦れる音がして、風が頬をなでて、木陰の先には強い光があって、蝉がジーと鳴いて……中国人が地べたに座り込んでジーとしている。みんながひとつに溶け合って、時が止まっているようで、その実じっとり粘り着くように流れていて、夏だ。

 つまり、こう言ったらよいだろうか。
 北京の夏は暑い。だが、木陰は涼しい。だから、中国人はよく木陰に腰を下ろして休んでいる、というのではなく、木陰でまどろむ中国人は北京の夏の一部なのだ、と。たまたま木陰があるからそこでまどろんでいるのではない。まどろむ中国人がいなければ、木陰も必要ない。暑いもなにも、北京の夏そのものが存在しないんじゃないだろうか、と。


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