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* 北京・街角の歌ごえ *


<子供のいる風景>

 
 夏の夕暮れ。女の子が二人草むらを歩いている。ひとりの手には網。もうひとりの手には竹籠。ふたりともゴムの草履を履いて。トンボを捕まえようとしているのだ。
 暮れかかった空には、ばらまいたようにトンボが群をなして飛んでいるのだが、上手い具合にこの子らの網に入ってくれるトンボはそうはいない。
 じっとして、草に止まるのを待つ。息を止めて。止まったら、そろりそろりと近づく。サッと網をかぶせる。そのなかにトンボがいるはずだ。ところが……。
 私と目が合う。首をひねって笑う。日本の子供なら、こういう時にどういう笑いをするだろう。獲れなかったことの照れ隠し? この子らはふたりして、声をたてて笑った。本当に嬉しそうに。「何がそんなに可笑しいの?」 そう訝しく思いながら私も一緒に笑った。

 それだけのことだ。ほんの三、四分のことだ。それだけのことだが、私には、この夕暮れが、なぜか、深く心に残った。北京で子供を見かけるのは、大抵、親といるかお爺ちゃんお婆ちゃんといるかだ。前に書いた。北京の子供は何をやって遊んでいるんだ……。いつも不思議に感じている。だから、この光景にホッとした。そう、子供同士で遊ぶのは面白いものだ。自分も洟垂れ仲間とトンボとりをした。獲れても獲れなくても面白いものだ。網を見た瞬間に、自分の昔見た光景が瞼に浮かんだ。夕焼け空。トンボ。洟垂れ小僧たち。
 この子たちは、この日のことを、ずっと、覚えているだろうか? 夕暮れ。トンボ。カメラを首から掛けて歩いていた日本人のことも覚えているだろうか? そういう想いが、ワッと、私を捕らえた。それが、深く心に残った。

 いまでさえ、トンボとりの子を見かけることは稀なんだ。あと、五年もしたら、こんな遊びは、殆ど、伝説のなかの出来事になってしまうのかも知れない。


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