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* 北京・街角の歌ごえ *


<北京駅(6)>

 ホームででもいい。改札ででもいい。誰かに迎えられる人は、まだ、幸せである。北京駅に降り立つほとんどの人は、そういう幸せに浴すことはない。そもそも、世の中とはそういうものだろう。誰も待っていてはくれない。誰も待っていてはくれない駅に人は降り立つ。

 北京駅に行くたびに思う。この駅は良い駅だ、と。ホームで出迎えられなくとも、改札で出迎えられなくとも、まだ、彼を待ってくれている人たちがいる。彼を待っているわけではない。客を待っている。彼女たちも手に紙を持っている。そこに書かれているのは、待っている人の名ではない。地名である。瀋陽とか承徳とか錦州とか営口とか遼陽とか書かれている。そう。彼女たちは北京駅に降り立ってきた人を自分のバスに乗させよとしているのだ。
 彼女たちは出迎えられなかった客のひとりひとりに声を掛ける。交渉が成立すると、駅の外のビルの裏に置いてあるバスに連れて行かれる。バスはみなオンボロだ。寝台バスもあるが、とにかく、オンボロであることに変わりはない。ひとり、三人と連れてこられた客でいっぱいになると、バスは出発する。

 午後四時頃だ。温州からの列車が着く。ズタ袋を肩に担いだ一群の男たちが改札を出てきた。数えると六名。紙を持った女が声を掛ける。しばしのやり取り。交渉が成立したらしい。男たちは女に連れられビルの裏手に消えていった。温州から北京まで夜行で三十時間。まだ、瀋陽は遠い。バスだと十時間。それとも遼陽というところにでも行くのだろうか? 遼陽、どんなところだ。温州。いかにも暖かそうな地名だ。遼陽。いかにも荒々しそうな地名だ。疲れ切った身体を、もう、十時間。バスに揺らさなければならない。着くのは明朝。彼らはあのオンボロバスに乗り込むのだろう。バスは暗闇のなかを走るだろう。明かりといえば、バスのヘッドライトだけだろう。バスは暗闇を切り裂いて黙々と進むだろう。バスのなかは静まり返っているだろう。そのバスのなかで、彼らは、どんな夢を見るのだろう。


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