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一期一シャッター過去ログ (2009年7月〜12月)
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2009年12月31日
(大晦日)
休みは1月1日だけ。31日も2日も通常通りです。街もお正月らしさは微塵もありません。出勤のバスに乗ったら前の車には「ナンバープレート盗まれました。現在手続き中」という貼り紙がありました。せっかくのお正月ですからもう少し景気の良い貼り紙にして欲しいですよね。
2009年12月28日
(宣伝隊)
赤い幟をハタハタさせて自転車が行きます。数えると4台。北京ではあまり珍しい光景ではありません。幟に宣伝が書いてあるんですね。日本だと「○○パチンコ新装開店」、と言う感じですね。それを自転車でするのが中国的なのです。コストは安いでしょうけど……効果がありますかね? しかも幟を見ると、「ダイヤモンド市場開店」。そんなもの誰か会に行かないでしょう。
2009年12月26日
(熊の気持ち)
熊が冬眠をするということを知ったのはいつでしょうか。小学校で教わったのでしょうかしらね。なんで冬眠なんかするのだろうか。時間がもったいないと思うじゃないですか。でも、今日は分かりましたね。熊の気持ちが。昼間でもマイナス10度でした。もう寒くて寒くて。歩くのもイヤ。何をするのも面倒くさい。ああ、オレも冬眠したい、と思いましたね。
2009年12月23日
(獅子舞)
道で獅子舞をやっていました。レストランか何かの開業でしょうか。しばらく見ていましたが、後ろ足の人は大変ですね。ずっと腰を曲げていなければいけませんし、時々獅子が前足を高く上げて後ろ足で立ち上がるのですよね。前足が高くあがると言うことは、前の人の足が空中に上がるわけで、後ろの人が持ち上げる、ということですので……。「鶏口となるとも牛後となるなかれ」いいますが、獅子舞をするなら前足となるとも後ろ足となるなかれ、というところでしょうか。
2009年12月18日
(マイナス3度)
今日は最低気温がマイナス9度、最高気温マイナス3度。相当寒いです。外を歩いていると頭が痛くなる、そういう寒さです。赤ちゃんも大変です。フード付きのぬいぐるみを着て、その上顔を紗で覆っているのが中国的ですね。
2009年12月17日
(街並み)
ホテルの部屋からの写真です。一目で上海と分かるのが不思議ですね。眼下にあるのは解放前の建物ではなく最近建てられた建物なのですけどね。屋根の色と形のせいでしょうか? それとも街が四角く区切られていないことでしょうか? 過去ログの12月12日の北京の街と比べてみてください。
2009年12月16日
(傘の花)
上海にきました。朝からの雨でした。ホテルの窓から歩道を見ると葉を落としたプラタナスの並木の下を色とりどりの傘が縦横に動いて詩情を催しました。ああこういうのを「傘の花が咲いた」というのだな、と思ったわけです。さて、訪問先の企業に着くと廊下いっぱいに傘が並べてあり、「こりゃ何じゃ」と驚かされました。上海には「傘立て」というものがない、ということでしょうか。
2009年12月12日
(冬景色)
アパートの窓から見た風景です。手前が大使館街、奥が「The Place」と呼ばれる一角です。落葉樹の葉はすっかり落ちてしまいました。
2009年12月11日
(寒い一日でした)
北の風が強く吹き寒い寒い一日でした。しばらく外へでていると顔がこわばってきましてね、何か話そうと思っても口がうまく動かない、それほど寒いのです。と、というかそういう種類の寒さなのです。人を寡黙にさせる。
2009年12月19日
(何をやってます?)
朝の街角。槐の街路樹の葉を竹の棒で払っています。葉ではなく実を落としているのか?気温はマイナスですが額に汗が滲んでいます。棒が長いですからね。結構な労働なのでしょう。会社で写真を見せ、「二人は何をやっているの?」、とスタッフに尋ねましたが、誰もが「分かりません」。二人の何をやっているのでしょうね。
2009年11月19日
(足で運転?)
今日の朝のバスの運転手はかなり印象的な運転手で……普通制服を着ているのですが彼は革ジャンで……「就業規則」には「運転中は制服着用のこと」とは書いていないのかも知れません。それは良いとして、左足を高く上げていまして、最初この人は右手と左足でハンドルを動かすのかと思ってみていましたがそうではありませんでした。左足を窓の外に出すのかな、とも思ったのですが、今は寒いですから……。「就業規則」には「左足は窓から出さないよう」とも書いていないのでしょうが。
2009年11月12日
(またまた雪です)
起きたらまた雪でした。これは本物でしょうか? 交通整理をしている間に乗ってきたオートバイが雪で埋まってしまいます。相当降っている、と言うことなのか? 相当長い間交通整理をやっている,と言うことなのか?
2009年11月10日
(また雪です)
また雪が降りました。事務所から見下ろした三環路です。ただ前の雪は自然に降った雪ではなく化学的に降らせた雪だと言われています。大量の化学物質を雲に散布して降雪を誘発させるのだそうです。本当でしょうか? もちろん目的があってやるわけで、息子と雪だるまを作りたい、とか。ただ雪が降りすぎて、航空便200便が遅延して乗客数千人が足止めされ、交通事故も多発し、停電も数十回起きた、とのこと。何かヘンですね。チョッと降らせるつもりが、ガバッて降ったので降らせた方がビックリした? それはともかく健康への影響はないのでしょうか? そもそも政府に勝手に雪や雨を降らせる権利はあるのでしょうか?
2009年11月06日
(京胡・ひょうたん笛)
朝、バスの停留所で楽器の行商人を見かけました。彼は私と同じバスに乗ったのですが、何故か、一日違和感が身体に残っていまして……。勤め人が楽器の行商人と同じバスに揺られて出勤しても少しも不自然なことではないような気もするし、若干変な気もするし。ちなみに楽器は、二胡に見えるのは京胡といって京劇に使うモノだそうです。あとはひょうたんの付いた笛。ひょうたんの口から吹きます。
2009年11月02日
(冬到来)
ひどく寒い一日になりました。一段ずつ階段を下りていたのに、ここにきて急に五段ぐらい飛び降りた感じです。朝外に出てまず思ったのは、「アッ手袋が要るな」ということでした。今年も寒くて長い北京の冬が始まります。
2009年11月01日
(初雪)
朝起きたら雪でした。寝る前に「寒いなあ」とは思ったのですが。街路樹も雪をかぶり見慣れぬ風景になっていました。「雪化粧」とは上手く言ったもので……。明日には化粧を落としたスッピンになっていて、「やっぱり少しはお化粧した方が良いんじゃないでしょうか」なんてなるのでしょうか。
2009年10月30日
(黄葉-4)
この道は色づくのが遅いですね。それでも、並木の下を歩くと、木の葉を抜けてくる光が黄色くなって落ちて来るような趣があります。北京の秋にふさわしい素敵な散歩道です。この道をズーと抜けたところに日本料理屋があり、今日は秋刀魚の焼き魚定食を食べました。秋ですから。
2009年10月28日
(黄葉-3)
これは見事な黄葉です。楡に木でしょうか? 青空を背景に金色に輝いています。
2009年10月24日
(黄葉-2)
これは槐樹の黄葉です。日本の秋は黄葉と紅葉に彩られますが、北京の街で紅葉を見かけることは希です。槐樹、イチョウ、ニレ。みな黄葉です。楓の類がないと言うことでしょうか。
2009年10月24日
(黄葉-1)
街路樹が黄色く色づいてきました。これからが早いのですよね。冬に向かって一気に走っていく。そんな季節になりました。
2009年10月15日
(落ち葉)
清掃のおじさんが落ち葉を掃き集めていました。そんな季節になったのですね。あと2週間もすれば葉が降るように落ちてくる季節になるでしょう。すれ違うと枯れ葉の匂いがしました。
2009年10月13日
(木漏れ日)
道行く人の服装がこの一週間ですっかり変わりました。国慶節前は半袖でしたのにね。10月になったとたん毎日日ごとに気温が下がっていく、そんな感じです。葉のあいだを抜けてくる光もすっかり秋の色です。
2009年10月11日
(ミカン)
バスに乗っていましたらミカンの匂いがしました。顔を上げると前に立っているお嬢さんがミカンの皮をむいてまさに食べようとしているところでした。パッと「秋」が私の頭の中に広がりました。そうです。秋になったのですね。それにしても、貸し切り観光バスじゃないんですから……。面白いですね。
2009年10月8日
(国慶節-8)
休みの過ごし方もいろいろあるのでしょうが……。右手には白酒。左手には内蔵をとってもらった魚。まだ昼前ですがこれで一杯楽しもうということなのでしょう。結構ですね。魚は鯉でしょうか。
2009年10月3日
(国慶節-7)
今年の国慶節は天気に恵まれました。見上げると青空と秋の雲。風はさわやかです。その風に赤旗が翻ります。頭の中で半分「秋だな」と感じ、半分で「国慶節なんだ」と思うわけです。
2009年10月1日(2)
(国慶節-6)
長安街へ通じる道路は、手前100メートルぐらいのところで遮断されていました。何百という道を全て遮断したのでしょうね。共産党からすれば、誰に何を言われても安全が第一、ということでしょう。警戒線の手前でしゃがみ込んでいる人たちからすると……。胡錦涛総書記の言う強い中国に対する誇りはあるでしょう、同時に疎外感みたいなものもあるでしょう。結局、「上から下までを統合して国として進むべき道筋のビジョンを共有する」ということについて、中国は失敗をしつつあるのかもしれませんね。派手な軍事パレード。国威高揚だけのイメージが残った総書記の演説。全ての道を遮断した警戒線。今年の国慶節はそんな印象でしたね。
2009年10月1日
(国慶節-5)
朝起きて外を見ると長安街を山車のようなものがゆっくりと動いています。何だコリャ。気がつくと今日は10月1日。国慶節。パレードの山車なのですね。それにしては道に人がいません。人に見せないパレードかしら?
2009年9月28日
(渋滞)
アパートの前の道が渋滞をしていまして。普通の渋滞ではなく交差点が、四方向からの車がグジャグジャになっていまして、どの車も右にも左にも真っ直ぐも後ろにも行けない状態になっていました。なんでこんなグジャグジャになっちゃったのかと……見ると、向こうから来るマイクロバスとこっちから行く乗用車が同じ車線で頭をつきあわせています。中国は右側通行ですから向こうのマイクロバスが正しいわけですが……。つまり、この道は一車線ずつですからこちらから見て右側の車はみな逆な車線を走っているわけで、誰かが逆を走り始めたからみんなが捻れちゃったのか。とんかくグジャグジャでした。
2009年9月25日
(国慶節-4)
お揃いの黄色いジャージを着たおばさんたちが並んで腰掛けていますね。何をやっていると思います? 背中には「首都治安志願者」と印刷されています。志願して北京を守っているわけですね。ただ座っているわけではありません。見張っているのですね。怪しい人を。角毎に銃を持った兵士がいて、20メートルおきにおばさんたちが腰掛けている。北京の国慶節直前の姿です。
2009年9月24日
(国慶節-3)
北京の一番のメインロードは長安街。その長安街の大きな角には「武装警察」と書かれた装甲車のような車が止められ、そばには銃を持った警官が立っています。これはカービン銃というのでしょうか? ただ持っているというのではなくいつでも撃てるように構えている、という感じですね。狙撃兵というのでしょうか。特殊な訓練を受けているのでしょう。近づくと、ピリピリするような独特の雰囲気があります。国慶節は市民にとって8連休のお祭りですが、同時に非日常的な緊張感でもあります。
2009年9月22日
(国慶節-2)
街のところどころに五色の旗がはためいています。中国人にとっての「特別な日」の表現なのでしょう。もう三十年以上前のこと、JTBにいたときですが、中国籍の船をチャーターしてツアーをだしたことありました。添乗員として博多の港から船に乗り込んだのですが、その時甲板をグルッと一周巡るように五色の旗が潮風にはためいていました。ある種感動したのですが、美しいとかいうのではなく、「今日は特別な日なのだ」という思いと、「中国人はこうするんだ」というそういう思いでした。出航すると旗はかたづけられ再び甲板にはためいたのは大連の港に入港するときでした。思い出というのはどういう仕組みで思い出されるのでしょうね? あれから何回となく五色の旗を見ているのですが、博多の港が連想されたのは今日が初めてでした。思い出は突然に吹き出す。休火山のように。そう言うことでしょうか?
2009年9月18日
(国慶節)
街が国慶節の色になってきました。長安街の両側にはこんな旗が10メートルおきに立てられています。今年は60周年の大祭ですので力が入っています。長安街の舗道を敷き直していました。思えば前の工事は10年前、50周年の時でした。あのときは軍事パレードがありましたね。今年もやるのでしょうか。
2009年9月14日
(雲のある風景)
この季節だけは空を見上げることが多いですね。下を見て歩いているとお金を拾うことがありますが、空を見ても何も得ることはないですがね。普段は新しく建ったビルの高さに驚いていますが、この季節だけは空に高さに比べたビルの小ささに驚きます。
2009年9月4日
(北京の忠犬)
日本の忠犬ハチ公は毎日渋谷駅前で主人の帰りを待ち続けていました。北京の忠犬はご主人様のトランプが終わるのを待っています。
2009年9月2日
(鍵が鍵)
男性はよく腰に鍵をブル下げています。鍵の多さは地位の高さ? 最初中国に来たとき、事務所のデスクでも戸棚でも中国のスタッフが鍵を掛けるのを見て驚いたことを思い出しました。そう言えばこんなことも。昔、郵政の関係の旅行社が金に任せて他の会社から幹部の引き抜きを図ったことがありました。その時、「今移籍すれば二つの鍵が付いてくる。車の鍵とマンションの鍵」などと言われていて、中国の人はこう言う言い方をするのか、と感じ入ったことを思い出しました。ともかくも、日本人の鍵と中国人の鍵は、ちょっと重さが違うようです。
2009年8月28日
(バスでパソコン)
地下鉄の中で若い男性がノートパソコンをいじっている姿は珍しくありませんが、今日は若くない女性がバスの上でやっていました。3Gのサービスが始まって数ヶ月。広告を見ると「一月1ギガバイトで50元」、とあります。私は携帯で従来のパケットサービスしか利用していませんがそれだと「30メガバイトで5元」。メイルを読むぐらいしか使っていませんがそれだと毎月5メガバイトぐらいにしかなりません。まあ、何でも便利になれば良いというものでもないでしょう。携帯電話が生まれて便利になったと言えば便利になったでしょうが、おかげで一日中仕事に追いまくられるようになりましたね。よく考えるとあれって世の中にない方が良いのではないでしょうか? そうはいってもなくならないですよね。ともかくも、バスの上でパソコンをやらなければならないというのは如何なものかと……。
2009年8月21日
(槐樹の実)
槐樹が実をつけています。実はこの薄緑色の薄紙でこしらえたような袋の中にひとつ鎮座しています。花が咲いていましたからね。実をつけるのは当然なのでしょう。ただそれにしてもこんなに実がなったら北京中が槐樹だらけになっちゃうのじゃないかと心配になりまして……。でも、この木に限らないですね。クリでもモモでもブドウでも。植物だけではないですね。鮭でも鱈でもカエルでも。生き残るって大変なのだ、と言うことでしょうか。
2009年8月20日
(秋空)
朝、窓の光がまぶしくていつもより早く目が醒めました。外を見ると大きな青空。刷毛で払ったような秋の雲が。遠く西山が望めます。これだけクッキリと西山が見えるのは、秋が近づき空気が乾燥してきたせいでしょうか。昨日の雨のせいでしょうか。それとも去年のオリンピックを契機に空気がキレイになったのでしょうか。
2009年8月12日
(夏の復活)
今年は雨が多く、特に8月に入ってからは冷夏の様相でしたが、ここに来て再び40度を超す陽差しが戻ってきました。このお嬢さん豪快ですね。毒食らわば皿まで、水飲ばばペットボトルまで、というとこでしょうか。
2009年8月5日
(携帯)
退勤時の地下鉄です。座っている人のほとんどが携帯をいじっています。十年前の地下鉄は、みなただ座っているだけでした。5年ぐらい前からでしょうか、新聞を読むようになったのは。そして、携帯は1年ぐらい前から。5年後も同じ光景か、というと……。違うでしょうね。必ず変わります。ただ、それが何に変わっているのか、私たちに見えないだけです。
2009年8月3日
(家族で出勤)
朝の出勤の時間です。親子四人がリヤカーでノンビリと道を行きます。後ろの荷物は売り物でしょうか。衣類でしょうか? 雑貨でしょうか? どこかに車を止めて荷を広げて売るのでしょう。今は夏休みですから子供も一緒。良いですね。
2009年7月24日
(槐樹の花-2)
今日も夕方に驟雨がありました。雨後には、舗道は槐樹の花が敷き詰められていました。踏みしめながら歩くと、一歩一歩、雨の匂いに混じって槐樹の花の香りがします。
2009年7月21日
(ホームレス?)
真夜中の0時頃です。ホームレスというわけではなさそうです。家の中の暑さを避け外で寝ている、というのでもなさそうです。今年は建国60周年。10月の国慶節に向けて街のあちこちで夜を徹した工事が進められています。その工事の合間に労働者が仮眠をとている。そういうことのようです。彼らは地方からの出稼ぎ。都の工事現場に儚く結ぶつかの間の夢は……。
2009年7月20日
(秋は空から)
絶頂は滅びを含む、と言うことでしょうか? 地上は夏の盛り、連日40度を超える暑さですが、フト空を見ると……。秋は空からやってくる?
2009年7月15日
(何でしょう?-2)
答えはこれです。後ろに回ると「西堤ステーキ」が国瑞城の3階にオープン。彼らの指さすとところ、あるいは視線の先がその店の在処なのでしょう。いろんな宣伝の仕方があるでしょうが、これなんかは、かなり安い費用でできそうですね。ただ効果があるのかどうか。
2009年7月13日
(何でしょう?)
日曜日の崇文門。40度を超える暑さの中です。彼らは何をやっているのでしょう? 答えは明日。
2009年7月09日
(槐樹の花)
槐樹が黄色い花を付けています。風もないのにハラハラと降りかかります。槐樹は日本語ではニセアカシア。「アカシアの大連」のアカシアは5月末に白い花を付けるのですが……。この季節になり、この花を見る度に、この木の日本名を聞いて、「なぜニセなんだ」と言って怒った中国の友人のことを思い出します。なるほど。木本人はニセのつもりはないでしょう。
2009年7月02日
(引っ越し?)
これはどういう光景でしょうか? 家が引っ越しをする。少年はトラックの後ろに乗せてもらい自分が暮らした街が遠くなっていくのを見ている。学校のこと、友達のことを考えながら……。あるいは全然違うかも知れませんね。家は貧しく家計を助けるために引っ越し屋でアルバイトをしている。仕事は辛い。トラックに乗って移動しているときが唯一の息抜。少年はこうして見知らぬ街を眺めているときが一番愉しい。
2009年7月01日
(条件反射?)
日陰を見ると反射的に座りたくなっちゃうのでしょうか。確かに北京の木陰の心地よさはちょっと言葉では説明できないですね。ひなたは40度の炎熱の世界でも、槐樹の木陰に入ると別世界。風が吹いていて、涼しくて、葉のすれる音がして。地べたに座り込みなくなるわけです。ほんの1メートルの差なのですが。

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