旅チャイナ(トップ)|チベット青蔵鉄道|チベット入域許可書|カイラス倶楽部| <江蘇省・揚州>
揚州の春は美しい。運河の水がぬるみ、霞がかかる。霞のなかで、柳は一斉に薄緑の芽を吹き、桃は紅の花をつける。風がそよよと吹くと、柳はたよたよと枝を揺らし、桃は馥郁として香を散らす。 自然ばかりでなく、人々の暮らしも「春風駘蕩」としている。こんな言葉がある。朝は皮が水を包み、夜は水が皮を包む。「皮」とは、お腹の皮である。意味は、朝はお茶を飲み、夜は風呂に入る。それだけのことだが、地元の人はそんなふうに表現する。揚州は、長江と大運河の交叉するところ、隋・唐以降大商業都市として栄え、特に明・清時代は塩の大集散地として天下の富を思うがままに操っていた。その揚州人の風流心の発露なのである。 点心の老舗は「富春茶社」。朝、六時半のオープン。ここの名物は豚と鶏と筍の饅頭。そのほか、カニ味噌の饅頭や何種類ものシュウマイ。人々は朝食に一時間かける。シュウマイをつまみ饅頭を食べ、そして、好みのお茶をたっぷりと飲む。「皮が水を包む」のである。夜のとばりがおり街にネオンが輝くと、今度は銭湯。大きな湯船でゆったり身体をのばす。「水が皮を包む」わけだ。アカスリ、耳掃除、脚の爪切りと全身を目一杯楽しませ、これも一時間。 揚州は享楽の街だ。塩の稼ぎ出す金が享楽を育てた。享楽は春の宵に似て切なくもある。「春宵一刻値千金」。春の宵は短い。短いから千金。嘆いても短いことにかわりはない。ならば、その一刻を楽しんだ方が得だ。柳の緑や桃の紅はもちろん、お茶も饅頭もアカスリも、さらには塩商が稼いだ莫大な富みも、言ってみれば春の宵だ。切ない、だから楽しい。揚州の春には何とも言えぬ詩情が漂う。 (中日新聞・東京新聞の2001年5月6日日曜版に掲載)
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