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<内蒙古自治区・冬のシリンホト>

 こんなにも違うものなのか!

 冬のシリンホトの草原はあまりに荒涼としていた。空はどんよりとした灰色に塗り込められ、大地は霜枯れの草がうっすらとした雪をかぶりすむらさき色になっている。地平線を見定めようとするも、雲の灰色と大地のうすむらさきが混じり合い判然としない。色がない。音もない。動くものもない。あるのは、骨まで滲みる烈風と恐ろしいほどの静寂だけ。車から外に出ると、その瞬間、バリッという痛さが顔面を襲う。五分もすると筋肉がこわばって口も利けなくなる。手袋をはめた手がビリビリと痛くなる。それもそのはず、持参した温度計を見ると零下十九度を示している。

 あの夏の日の草原はどこへ行ってしまったのだろう。かがやく太陽。青い空、白い雲。見渡す限りの緑の草原。風が吹くと、地平線まで続く緑の草が揺れる。大海原のようだった。その大自然の懐の中で白い羊の群が、のんびりと、草をはむ。羊飼いたちは馬を駆り、さっそうと、大草原を疾駆する。夏の草原は豊饒にして美しい。

 今回、真冬の羊飼いを見たくてやってきた。

 覚悟はしていたものの、予想をこえて寂寥とした世界であり、苛烈な寒さであった。夏の優しさとは裏腹に、悪意な自然が生命の生存を拒んでいるかのようだ。

 そのなかでも、羊と羊飼いは生きていた。車で二時間も走ったであろうか。ようやく、羊の群に出会った。羊たちは身を寄せ合いメエメエと啼いている。いかにも心細げだ。男が馬に乗り羊を追っていた。分厚い毛皮、耳まで覆う帽子、膝まであるブーツ。それでも、まだ寒そうだ。男の顔は凍傷のように赤い。馬の吐く息が氷のように白い。人と馬と羊が一緒になって生きぬこうとしている。そんな緊張感が漂ってくる。

 この時期、交配をおえ、群の大半が身ごもっているはずだ。寒さに耐え、飢えに耐え、わが身と腹の仔を守ろうとしている。前脚で雪をかき分け、なんとか草を食おうと必死だ。零下十九度の雪原。春はまだまだ遠い。

(中日新聞・東京新聞の2001年2月11日日曜版に掲載)


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