<チベット自治区・ラサ>
チベットは異界である。
チベット自治区の区都はラサ。チベット語で「神の土地」という意味なのだそうだ。そのなかでも最も聖なる寺院は、ジョカン(大昭寺)。毎日毎日、数知れぬ巡礼がチベット各地から、あるいは青海から四川から、ある者は五体投地で、あるものは徒歩で、ある者はトラックでラサへラサへと、ジョカンへジョカンへと押し寄せてくる。押し寄せてきては、コルラ(聖なる地を右回りに廻ること)を繰り返す。お堂の周りを廻り、マニ車を回し、ブツブツブツブツ、オムマニベメフム。
彼らは職業的な僧侶ではなく、普通の日常生活を営んでいる民衆なのだ。それが、一念発起、日常生活を捨て、ラサのジョカンに向かって歩き始める。野宿を繰り返し、人々の喜捨にすがり。何ヶ月もかけてやってくる。どんなに大変なことか。どんなに思い切りのいることか。
何のために?
「生まれ変わるためです」。ある巡礼はこう言う。
「すべてを投げ捨てなさい。チベット人はこう教えられています」。こう語る巡礼もいる。
すべてを投げ捨て仏に帰依すること。五体投地はその表現なのだろうか。
その巡礼を集め、ジョカンは重い空気で満ちている。祈りが詰まっている、とでも言えばよいのか。いや、祈りだけではない。ヤクの乳で作るバターの燈明が動物質の臭いを充満させている。巡礼の人々はその燈明を瞳に映しながら、マニ車を廻し呪文を唱える。祈りと呪文とバターの臭いが混じり合った重い空気。その中で、人々は濃密な何かを発散し、自らその濃密にむせかえるようにしてコルラを繰り返す。
何とも不思議な光景だ。
ここが異界でなくて、なんなのだろう。
(中日新聞・東京新聞の2002年10月13日日曜版に掲載)