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<江蘇省・鎮江>

 金山寺の塔は細身で優しい。強い勾配をもつ寺院の屋根と、その上に聳える優しい塔。その調和が独特の雰囲気を作る。かのマルコポーロもこの寺をこよなく愛でたという。日本の雪舟が修行をしたのもこの寺であった。「唐土勝景図巻」には遠景の金山寺が優美な筆遣いで描かれている。

 鎮江は長江と京杭運河の交わるところ。長江を遡れば四川・雲南の奥地に行ける。運河を辿れば北京にも通じる。それゆえに人が集まり物が集まる。そのことが、鎮江の歴史を形作ってきた。
 もちろん栄光もあった。
 長江の茫々とした流れを見下ろす北固山の一隅に阿倍仲麻呂の歌碑が建てられている。「天の原ふりさけみれば……」。十九歳で唐に渡り三十六年。ようやく玄宗皇帝の許しを得て帰国の船に乗り込んだのがここ鎮江なのだという。実際には船は難破し、想いを果たすことはなかったのだが……。ともかくも、鎮江は花の匂うが如くに栄えた唐王朝の表玄関であった。
 元の時代。マルコポーロは長江の船の賑わいをこう表わす。「キリスト教諸国の船隻を全部合わしても長江を上下する船の数には及ぶまい」と。
 悲惨もあった。特に近代。
 アヘン戦争のなかで英・清の最も激しい死闘が演じられたのが鎮江であった。双方にとって、攻略せねばならぬ要衝であり守らねばならぬ砦であった。鎮江を落とされた清朝は講和を決断する。鎮江陥落は中国近代史のひとつの事件であった。

 昔日の栄光も近代の屈辱も、すべては長江と大運河の交わる地であるがゆえの宿命。雪舟の描く金山寺は長江の中州にある。今は土砂の堆積により陸続きになってしまった。すべてはダイナミックに変化する。それでも、鎮江が鎮江であることだけは変わらない。その鎮江を金山寺の塔は今も静かに見守っている。 

(写真は上から金山寺、北固山から見る長江、マルコポーロも歩いたという「老街」、旧イギリス領事館)

(中日新聞・東京新聞の2002年8月18日日曜版に掲載)


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