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<青海の白いテントは夜這いの誘い>
どこか雄大な景色を見たいがどこに行ったらよいだろうか?
こう聞かれたら、私は躊躇することなく答える。青海省にお行きなさい、と。
とにかく、広い。本当に凄いな、と思う。緑の大草原が、果てしもなく広がっている。広いばかりではない。青海の草原は、波を打ち、うねっている。青海は高原。三千メートルの標高に草原がうち続き、四千メートルの峠を幾つも超えて車は走る。近く遠く、六千メートルを超える嶺嶺を見渡しながらのドライブである。高みから見下ろす緑の草原は一瀉千里、一望万里、言葉を失う圧倒的な迫力である。
その大地にヤクを放ち、羊を追い、遊牧に生きる民がいる。チベット族。
5月から9月、夏は山の高いところに放牧地を求める。夏の放牧地は豊かな感じで見ていて心地よい。冬の寒さの厳しさもなく、草原は一面の緑、チーズもバターも豊富にある。羊の毛を刈るのもこの季節。年に一度、この暖かい時期に限る。生命力に溢れた歓びの季節、それが夏だ。
さて、その夏の大草原を走っていると、ポツンポツンと放牧用のテントがある。テントは黒。ヤクの毛で作るからだ。その黒いテントの隣に小さい白いテントがあることもある。ガイドの王さんが言う。
「和田さん、あの白いテントは何だと思います?」
何かの目印?
交通標識ではないよね。ここは車もほとんど通らない。ヤクか羊しかいないのだから。何だろう。
若い娘がいるよ、という印なのだそうだ。
未婚の娘がそこに一人で寝起きし、王子様が現れるのを待っている。
何ともうるわしい話ではないか。
昼間に放牧をしながらどこかで出会う。気が合うとテントを教え、合図を決めておく。外にロープを出しておくから三回引くのよ、とか。
夜になると、若者が馬に乗ってやって来る。はやる気持ちを抑えながら、ロープを引くのだが、その前にやらねばならぬことがある。放牧地では夜になると、犬を放す。オオカミを防ぐためだ。チベット犬。大きく、黒い。勇猛でオオカミにも立ち向かってゆく。そのチベット犬が放たれている。デレデレしながらロープなどを引いていると食われちゃう。命がけだ。この犬を何とかしなければいけない。エサをやっててなづけるとか、ウマいことを言ってどこかに行っててもらうとか……。そういう苦労の末、やっとロープが引ける。合図の三回。そうすると……。
現代の文明のなかの婚姻とは違う姿の婚姻がある。出会いの姿も違う。また、かつては子供を産まない結婚はあり得なかった。だから、少し以前までは、先ず子供を産む。それから結婚をしたのだそうだ。今は大分「文明化」した。それでも、四十%ぐらいは子供を産んでから結婚をするという。
果てのない大草原。そこでヤクを放牧して暮らす人々。娘のために白いテントを建ててやる親。そこで一人で寝起きする娘。そこに馬に乗って訪れる若者。それを待ちかまえる犬。
夏の青海の草原で綿々と繰り返されてきた物語なのである。
(「北京トコトコ」2002年5月号に掲載)
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