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<運河の詩情・運河の終点>

 運河には何ともいえぬ詩情がある。

 同じ水の流れでも、河とは一味違う味わいがあるものだ。
 確かに中国で出会う大河の魅力というのは格別なものだ。長江にしても黄河にしてもアムール川にしてもメコン川にしても。茫々たる河幅、堂々たる水量。桁外れの迫力。河との出会いは、中国旅行の魅力の一つであることは間違いない。
 これに対し、運河の味わいは、少し違う。どこか優しく、どこか懐かしい。
 いろいろな運河を見てきた。常熟では一面の菜の花畑の中で一筋の帯となり、蘇州・盤門では人家の裏口を洗っていた。揚州から船に乗り京杭大運河を遡ったこともある。淮安の橋の上から下を行き交う船を眺めていたこともある。どこで出会う運河にせよ、運河を見るたびに私はいつも、切ないような懐かしいような不思議な感慨に包まれる。
 何年か前、中日新聞の日曜版から「中国悠遊紀行」と名付けられた連載の依頼を受けたとき、その初回分に江蘇省の「高郵」という街を選んだ。運河沿いの古い街である。揚州から京杭大運河を遡る。両側はノンビリとした田園風景。行き交うのは砂利や瀬戸物を満載した船。やがて、行く手に古びた土の塔が見えてくる。そこが高郵。明・清時代の家並みを残す静かな街である。運河とともに発展し、運河とともに生き、運河とともに安らっているような街であった。運河を遡りながら、その昔空海や阿倍仲麻呂もこの運河を辿り長安へ向かったのだなどと思っている。そこに、高郵の古い家並みの街が現れる。その時感じた不思議な感覚は今でも鮮明に憶えている。空間としての運河を遡っているつもりが、いつの間にか、時間まで遡ってしまったのだろうか、と。そんな、運河の魅力を描きたいと思ったからだ。

 運河というのは不思議なもので、自然そのものではない。同時に人工そのものでもない。人間くさい自然。あるいは、自然のような人工。私たちが運河に感じる優しさ、切なさ、懐かしさというのは、そういうことからくるのだろうか……。そしてそこを行き来する船もいい。運河と同様、船の表情もどこか人懐かしい。海洋船とはもちろん、長江を上り下りする船ともまた違う。生活のにおいがする。洗濯物が干してあったりする。左手にお椀を、右手に箸を持ち、立ちながら食事をしている夫婦がいる。三つ四つ盆栽が並べてあったり、子供用の三輪車が置いてあったりする。家族の生活がそのまま船に乗っている。そして、ポンポン蒸気の煙と一緒に、船の上の生活も動いて行く。そんな光景を見ていると、胸がキュンとする。人が本能的に持っている旅心というのが刺激される。人生は旅なんだ、と思う。彼らが羨ましいと思う。自分も、本当は、橋の上から眺めているのではなく、あの船に揺られていなければいけないのではないか、と思ったりする。

 さて、京杭大運河は、万里の長城とならび中国の二大土木工事と言われる。全長千八百キロ。大変なものだ。この北の端は言わずと知れた北京。元の時代、江南からのぼってきた船は、通州で小さな船に荷を積み替える。そして城内の水路を通り積水潭に至る。当時の積水潭の埠頭には常時数百隻の船が繋がれていた。米も運ばれ酒も運ばれ様々な物資が運ばれる。商人がいて芸人がいて妓女がいて殷賑を極めていた。その中心は、鼓楼の下、斜街の辺りであったという。勿論、今となってはその面影はないのだが……。斜街は私のかつての散歩コースでありこの辺をぶらついた回数は五十回や六十回を下らない。そこにアーチ型の小さな橋がある。銀錠橋という。その橋の上から下を見下ろすたびに思ったものだ。「ああ、この水は黄河をこえ長江をこえ杭州に繋がっているのだ」、と。そして、「運河の終点はどんなだろう……」、と。

 先日、その「終点」を見てきた。三月半ば。終点と言っても、何があるわけではない。最初から分かっていた。運河は中河に繋がり、中河は銭塘江に注ぐ。その中河と交わる直前の大運河である。その日は雨であった。周りは人家と言うよりも倉庫や町工場。鈍い灰色の水の上を石炭を積んだ船が五、六艘連なりながら通り過ぎる。しばらくすると、今度は建築資材を積んだ船が五、六艘の船が連なりながら通り過ぎる。味もない。そっけもない。それでも、私は私なりに満足であった。大運河の終点。運河も船も雨の中。フト、北京の斜街の銀錠橋を思い出した。雨の銀錠橋など見たことがない。銀錠橋はきっと春の光のなかだろう。  そう。何があるわけではない。それでも、運河には詩情がある。

 (写真は:上から順に「高郵付近の運河」、「北京・斜街の銀錠橋」、「終点・杭州の大運河」)

(「北京トコトコ」2003年5月号に掲載)


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