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<眠れぬ町―――チベット・シガツェ>

「不夜城」という言葉がある。眠らぬ町。ラスベガスとか新宿とか。しかし今日の話は、眠らぬ町ではなく、眠れぬ町である。「不眠城」とでも言えばよいのか。
 シガツェ。人口五万、ラサに次ぐチベット第二の町である。
 十七世紀にダライラマ政権が確立して以来、常にその第一の対抗勢力であり続けたのが、パンチェンラマであった。チベット近代の歴史は、ダライラマとパンチェンラマの葛藤の歴史であったといってもよいほどに両勢力はことあるごとに対立をしてきた。
 革命後、ダライラマ十四世とパンチェンラマ十世、若い指導者同士が和解をしたかのようであったが、結果的には、ダライラマは中国を逃れインドへ亡命し、一方のパンチェンラマは中国政府の要職に就く、という対照的な道を歩むことになる。因縁浅からぬ両者の役割を、役割そのままに演じ続けた、とでも言うことになるのか……。
 ダライラマは代々ラサに拠り、パンチェンラマは代々シガツェに拠った。そのシガツェである。

「昨日の夜は眠れなかったでしょう」。
 朝食の時ガイドの胥さんにこう言われた。確かに。そもそも高地での眠りは浅いものだ。ただし、その時の旅行は、すでにラサ、ギャンツェと廻ってきておりシガツェに着いた頃には高度障害は消えていた。ところが、前の晩に限っては熟睡できず、三四度だろうか、六七度だろうか、夜中何度も目が覚めた。でも、どうしてそんなことが分かるのだろうか? 「シガツェでは日本の方は眠れないことになっていますから」。
 何百人もの日本人を案内してきたが、シガツェにきてよく眠れたなんて言う日本人を見たことがない、と言う。
「日本人だけなの?」。「いや、中国人に聞いても同じです」。胥さん自身がそうなのと言う。四川省の人で、夏の間の四ヶ月ラサでガイドの仕事をしている。秋になると四川に帰る。こんな生活を三年もしており、もう高度障害なんておきない。どこでもよく眠れる。ただ、シガツェだけでは眠れない。
「なぜ?」
 シガツェの高度は三千八百メートル。高いか低いかと言えば、もちろん、高い。それでも、我々が前日に泊まったギャンツェは四千メートルを超えている。チベットにあっては驚くほど高地にある街というわけではない。
「私も不思議に思ってこちらの何人かのお医者さんに聞いたことがあります。特別な理由があるだろうか、って。でも、誰にも思い当たる理由はないと……」
 そう。ずっと夢を見ていた。ブツブツと切断される眠りの間に次から次へと夢が廻ってきた。暗闇に黄金の霊塔が建っている。ラマのミイラが納められているのだ。ああ、昼間見たタシルンポ寺のパンチェンラマ四世の霊塔だ……。勤行僧の読経の声が暗い堂内に響いている。昨日のギャンツェで見た光景に似ている……。奇怪な顔の馬頭観音。暗がりのなかで揺れる燈明の連なり。五体投地の巡礼の群。……。こういったものが経絡もないまま頭のなかをグルグル回っている。これは夢かな? それとも覚めていて、かつて見た場面を思い出しているのかな? チベットは高い。気圧が低い。酸素が薄い。それが私たちの眠りを浅くする。眠りが浅い? 眠りが浅いのではなく、覚めていることが浅いのかしら? そんなことを考えている。こう考えているのは夢の中? 覚醒の中? また燈明が一列になって揺れている。老婆がマニ車を回しながら燈明に祈りを捧げる……。

 チベットというのは異界の地だ。そこにラマ教の寺院があり、壁には原色の仏画が描かれ、仏像が黄金に輝き、燈明が揺られ、読経の声が響く。そんなところでは、「眠り」と「覚醒」の境が曖昧なのは、それなりに、当然のことなのかも知れぬ。覚めていながら夢を見る。夢を見ながら覚めている。
 バンドラの箱を開けたら、奇怪な夢が洪水のようにあふれ出てきて人々は夢に浸かって生きている。チベットというのはそういう地である。
 そのなかでも、なぜか、シガツェが特にそうなのだろう。堤防が低く、洪水による決壊が起こりやすい地形であるとか……。

 まあ、一度はこの「不眠城」を体験されることをお勧めします。「夢」がいっぱいですから。間違っても、三億円の宝籤に当たったなんて夢は出てこないことになっていますが。

(「北京トコトコ」2003年9月号に掲載)


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