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<江西省・廬山>

 李白が廬山で詠んだ詩がある。題して「廬山瀑布を望む」。「飛流直下三千尺、疑うらくは是れ銀河の九天より落つるかと」。九天とは天の一番の高みをいう。豪快なものだ。
 その滝がみたくて廬山に行ってきた。
廬山は想像していたよりもはるかに大きい。長江中流域の大平野にひとりポツンと蟠踞する。ひとつの山というより、幾つもの嶺の集まり。『枕草子』に出てくる香炉峰もそのひとつである。
 遠望する廬山は堂々としていて美しい。南から車で近づいていくと、やがて、白い一筋が蒼々たる濃い緑を縦に切り裂いているのが見えてくる。それが、廬山瀑布。
 その滝を横切るようにロープウェイが掛けられている。このロープウェイは楽しい。どんどんどんどん滝に向かって昇ってゆく。遠くに見えていた滝が、手に届く感じのところまで来ると、中継点があり途中下車ができる。そこから見上げる滝は、本当に山の天辺から落ちてくるようだ。なるほど「飛流直下三千尺」。それにしても次の一句は凄い。「疑うらくは是れ銀河の九天より落つるかと」。どこをどうひねればこんな言葉が出てくるのか。今更ながら驚くばかりだ。「滝も凄いけど、李白はもっと凄い」。そう思いながら、ふと振り返って、アッと息を呑んだ。上にばかり気を取られていたが、足下にはハ陽湖がワッと広がっている。中国第二の湖、面積は琵琶湖の六倍という広大なものだ。
 そうなんだ、滝がひとつあるだけではない。?陽湖の渺茫、平野にひとり立つ廬山ならではの大パノラマ。それらを背景に、滝が一筋白く落ちてくる。そうでなければ、あのような宇宙的なスケールのひらめきは浮ばなかったのではないか。彼我を隔てる千年の時をこえ、廬山と李白の詩魂とが共振するのを感じた。
 李白も凄いが廬山も凄い。 

(中日新聞・東京新聞の2002年9月15日日曜版に掲載)


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