旅チャイナ(トップ)|チベット青蔵鉄道|チベット入域許可書|カイラス倶楽部| <重慶市・万県> 水没する前にもう一度見ておきたい。そう思う町がある。四川省の万県。重慶の下流三百キロ。長江の流れに洗われる小さな港町である。 この辺りの長江の流れは圧巻である。河全体が赤茶色に逆巻き、圧倒的な水量をもった奔流が駆け下る。 十五年も前のことになる。初めての長江下り、白帝城も三峡もそれぞれ印象に残った。しかし、最も深く記憶に刻まれたのが万県であった。 夜の八時に船は港に着いた、出発は夜明けの四時。その間を利用して市内の観光が組まれていた。まっ暗な港に降り立つと高い所にポツンポツンと灯りが見えた。それで、山に囲まれていることが知れた。それほどにまっ暗であった。バスは石畳の急な坂道を登った。やはり深い暗闇のなかであった。着いたところに町があって、所々に裸電球がともり、人々はその下で竹のイスに腰掛けて将棋をしていた。おぼろげながら、絹織物かなにかの工場を見学した記憶がある。そして、またバスに乗って急な坂を転がるように下って港へ帰った。 それだけのことだ。しかし、何とも言えぬ凄みが、心に深く刻まれた。山の高いところにボーッとした町があって、底の底の底のまっ暗なところに大河・長江が流れていて、そこに港があり、船が行き交い、ものが運ばれ、人々が暮らしている。長江という河の何と大きいことか。そして、それに寄り添い小さな港町が息づいている。そういう想いが強烈に残った。長江との出会いであった。 その後万県を訪れる機会に恵まれていない。万県に寄る観光船がなくなってしまっている。行くには、重慶から山道を八時間かけて走らなければならない。それでも、いつか、何としてももう一度あの港の町を見てみたいと思う。三峡ダムができ、水底に沈んでしまう前に。 (中日新聞・東京新聞の2001年10月21日日曜版に掲載)
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