旅チャイナ(トップ)|チベット青蔵鉄道|チベット入域許可書|カイラス倶楽部| <山東省・泰山> 「泰山の日の出?」。中国人の友人に誘われた時に真っ先に思った。北京から片道四時間、わざわざ日の出を見に行く価値があるだろうか、と。 「何を言っているのですか。三千年前から日の出は泰山と決まっています。泰山は五岳の首。華北平野の真ん中に聳え立ち、東に大海原を望み、西に黄河を鎮め、天地を統べるが如き風格があるのです。その天辺から眺める日の出は天下一品。中国人なら一生に一度は……」。そう言われて中国人でない私も出かけてきた。 五時半の起床。暗闇の中を頂上に辿り着いたときには、すでに多くの人が集まっていた。三月半ばとはいえ谷底から吹き上げる風は冷たい。ホテルで借りてきた軍隊用の外套にくるまって日の出を待つ。「あと十分だ」。「あの辺から出るのだろう」。待つほどに期待もいやましに高まってくる。 ところが、いつまで待っても日は出てこない。何のことはない、明けてみると下界は一面の雲であった。日の出は泰山と決まっていても、泰山ではいつも日の出が見られるとは決まっていないらしい。 そばにいた老人が「今日もダメか」と言っている。聞いてみると、遠く蘭州から来て、その朝は三度目の挑戦。しかも、泊まりは私たちのように山上ではなく麓。連日、二時に起きて七千段の石段を懐中電灯で照らしながら登ってくるのだという。大変な執念だ。 やがて、空全体が白々と明けてきた。私と友人は諦めて坂を降り始めた。歩きながらも老人のことが気に掛かる。「まだ粘っているのだろうな」「ダメなら明日も?」。 突然、背中で大きな歓声が上がった。「出たんだ」。振り返ると、雲の切れ間から太陽が顔を出している。地平線から出たばかりのような真っ赤ではない。オレンジ色。少しとうが立った日の出。それでも、「泰山の日の出」にかわりはない。よかった! (中日新聞・東京新聞の2001年4月22日日曜版に掲載)
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