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<遠くて近い街、近くて遠い街・西安>

 ある土地を訪れると、いつも同じ想いが喚起させられる。
 そういうことは、誰にでもあるものなのだろうか。

 私自身のことなのだが、西安に行くたびに、いつでも同じ感覚に捉えられる。
 夜である。たとえば空港から市内へ入るまぎわ。ポツン、と店がある。何の店だろう?
 裸電球が、ひとつ、黄色く店のなかを照らしている。奥には、ひとり、男がこちらを向いて腰掛けている。男の顔も、黄色く照らされている。

 奇妙なことに、西安に行くたびに、必ず、こういう光景に出会うことになっている。そして、この光景に出会うたびに、いつも同じ想いが脳裏をよぎることになっている。「あれっ、この光景はいつか見たことがあるな」、と。既視感、というのだろうか。その「いつか」というのは、一年前とか二年前とかではない。五百年前なのか一千年前なのか分からぬが、「父母未生の時」、そういう感じの「いつか」なのである。
 そして、いつでも、私はどうして私であって、あの店番をしている男ではないのだろう、と不思議に思うことになっている。いや、今からでも遅くはない、私が中国人になりあそこに座り、替わりにあの男が日本人の私になってこの車に乗っていてもいいのだ、と思うことになっている。
 もちろん、黄色い裸電球が灯っている店なら中国じゅうどこにでもある。いや、むしろ、ないところはない、と言う方がよいだろう。重慶でも昆明でもハルピンでも三亜でも。しかし、私にそういう想いに浸らせるのは西安だけなのである。それが、何とも、不可解なのである。
「前世」とか「過去生」というのがあるものなのだろうか。もしあるのだとすれば、中国人として西安で暮らしていた、私にはきっとそういう前世があったのだろうか。隋の時代なのか唐の時代なのか、まだ長安と呼ばれていた頃のことなのだろうか。
 その意味で、西安は、私にとって、遠くて近い街である。

 その西安で、一番のお気に入りは、化覚街。清真寺を囲む回族の居住区である。シシカバブーを焼く煙が立ちこめ、西安名物・羊肉泡(食に莫)のスープの匂いが人々の食欲を刺激する。皮を剥かれた羊が吊されている。

 北京の街角などとはチョット違う。見知らぬ地へ迷い込んでしまったなあ、と思う。
 道行く人を見ると、これがまた変わっている。男は頭に小さな白い帽子を載せ、女はスカーフを頭からかぶっている。それはいい。回教徒なのだから驚くことはない。顔立ちが漢族とは明らかに違っている人が沢山いるのだ。色が驚くほど白く女性がいる。色ばかりではない、西域の容貌である。男はというと、深い彫り、濃いあごひげ。陝西歴史博物館に「ラクダに乗ったペルシャの商人」などと題された唐三彩あるが、その「ペルシャの商人」そのままの顔をしてシシカバブーを焼いている。

 この地にペルシャやアラビアから人々が移り住んできたのは唐の時代、今から千二百年前のことだという。千二百年の間、どうやって白い肌を保ってきたのだろう。どうやって「ラクダに乗ったペルシャの商人」のままの顔立ちが保たれてきたのだろう。ほとんど奇跡ではないだろうか。化覚街は、私に、とんでもない遠くへ来たものだ、という感慨を抱かせる。見知らぬ世界。そう、空間的な意味で遠いだけではない。千二百年という時も遠いのである。こんな時、決して「父母未生の前世」を連想することはない。ひたすら、「遠い、遠い」、と驚いているのである。

 というわけで、私は西安に行くたびに、黄色い裸電球のボーとした灯りの中で、「西安は私にとって遠くて近い街なのだ」との想いに浸る。そして、翌日、化覚街を歩きながら、「西安は私にとって何と遠いところにある街なのだ」と考える。  西安は、不思議な街である。

(「北京トコトコ」2003年6月号に掲載)


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