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<天津>

 天津という街は、私にとっては、謎の街だ。

 「天津甘栗」や「天津麺」が親しまれているほどには、天津という街そのものは、日本には馴染みがない。観光で訪れる人も多くはない。歴史的な文化財に乏しいからだろうか。ただ、では天津は魅力のない街か、と言われると答えに困ってしまう。私自身は十回以上訪れているからだ。

 何を見たくて行くのか? 実は、それが「謎」なのだ。

 天津でまず行くべきは「南市食品街」。ここには、「狗不理」があり「桂發祥」があり「豆崩張」がある。天津という地名から中国人が真っ先に思い浮かべるのが「狗不理」だろう。肉饅頭の店である。いつ行っても満員だ。店の外まで並んでいることもある。食べながらいつも思う。それにしてもたかだか肉饅頭なのにな、と。
 「桂發祥」はねじり菓子。これも不思議。ねじり菓子はどこにでもあるが、全国的に有名なのは天津の「桂發祥」だけ。さらには、「豆崩張」。ここは徹底して豆の菓子。四十平米ほどの店が豆の菓子だけで埋まっている。

 こうして「南市食品街」の老舗を回っているうちに次第次第に、この街は変な街だな、という思いが募ってくる。

 そして、古文化街に行くと、泥人形の専門店である「泥人張」。たかが泥人形に過ぎないのだが、店中に二千、三千と並べてあり、一種独特な凄みを醸し出している。

 そんな迫力に包まれ、ふと思う。肉饅頭も泥人形も同じなのだ、と。どうでもよいモノに対する一徹な執念。それが天津には溢れている。しかし、どこか切ない。帰る時にはいつも、所詮肉饅頭は肉饅頭にしか過ぎないし、泥人形は泥人形に過ぎないのだ、という想いに付きまわれる。

 それでも、暫くするとまた狗不理が食べたくなる。天津という街の不思議さである。

(中日新聞・東京新聞の2002年2月3日日曜版に掲載)


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